経験がないのに経験があるふりして入社してくる人がたまにいますが
困るのはの本人以上に周りです。
[原題] Don’t Bother to Knock
[製作年]1952 [製作国]アメリカ
[日本公開]1954
[監督]ロイ・ウォード・ベイカー
[原作]シャーロット・アームストロング
[脚本]ダニエル・タラダッシュ
[撮影]ルシアン・バラード
[音楽]ライオネル・ニューマン
[上映時間]76
主な登場人物
ネル・フォーブス(マリリン・モンロー):
エレベーター係エディの紹介でホテルで子守をすることになる。情緒不安定気味。
ジェド・タワーズ(リチャード・ウィドマーク):
パイロット。歌手のリンと交際しているが別れを切り出されている。
その他の登場人物
リン・レスリー(アン・バンクロフト):バーの歌手、ジェドの恋人。
エディ・フォーブス(エリシャ・クック・Jr):エレベーター係。ホテルに断りもなくジョーンズ夫妻にネルを紹介する。
ピーター・ジョーンズ(ジム・バッカス):バニーの父親。
バニー・ジョーンズ(ドナ・コーコラン):ネルが子守をすることになった女の子。
ジョーンズ夫人(ルリーン・タトル):バニーの母親。
あらすじ
ホテルのバーカウンターで歌手のリンはうなだれていた。パイロットの恋人ジェドに手紙で別れを切り出したばかりだったからだ。それでもいつものように歌うリン。一方ホテルの部屋ではリンの手紙を読んだジェドが苛立ちを隠せず手紙を破り捨てていた。そんな中ホテルにネルという若い女が訪れる。エレベータ係のエディが乗り合わせたジョーンズ夫妻の会話から子守を探していると知り、咄嗟に自分の姪だというネルがベビーシッターができると仕事を獲得。彼女は子守の仕事は未経験だったが職を得ることに前向きだった。エディもうまくいけばホテルに採用されるかもしれないと言ってくれた。ジョーンズ夫妻と娘バニーの部屋にやって来た二人は夫妻に挨拶し、夫妻は夫の授賞式の為1階の会場に向かった。エディがエレベーターに夫妻を案内すると一緒にジェドが乗り込む。ジェドは1階のリンが歌っているバーを訪れた。ジョーンズ夫妻の部屋ではネルがバニーに本を読んでやっていたが早々に終え、まだ眠くないというバニーを無理やり寝かしつけた。寝室の扉を閉めたネルは夫人の香水や宝石を勝手に身につけ、気分を上げていたが飛行機の音に過剰に反応した。バーで歌い終えたリンはジェドと話し合いを始める。考え直せというジェドにリンはこの先一緒にいても将来が見えないと取り合わない。結婚がしたいのかというジェドにリンは、あなたは優しくてユーモアがあるが思いやりが欠けていると告げる。ジェドは怒りを顕にしてバーを立ち去った。部屋に戻ったジェドは窓から向かいの部屋のネルが夫人のドレスを着てクルクル踊っているのを見かける。声をかけるとネルはすぐにブラインドを閉めてしまう。まあそんなもんだよねと思っていると、再びネルが窓から姿を現した。これはイケると思ったジェドは、部屋番号から交換にダイヤルしネルの部屋に電話をかけた。
どんな映画?
アメリカの女流小説家シャーロット・アームストロングの原作「Mischief(いたずら)」をもとに映画化。
マリリン・モンローは映画19作目の出演でしたが、初の準主役級の役を獲得。シリアスな演技が高く評価されました。
アン・バンクロフトはこの映画がデビュー作となります。
ホテルのバーで歌うリン半年付き合ったはパイロットの
ジェッドに一方的に別れを切り出していました。
ジェドは急に何でやねん?とイライラ。
女ゴコロがわからんジェドは結婚すりゃいいんか?
とリンにぶつけますが、
人の気持がわからないところがイヤと一蹴されてしまいます。
一方エレベーター係のエディが姪のネルをホテルに呼び
ジョーンズ夫妻の7歳くらいの娘の面倒を見る仕事を
取り付けていました。
子守なんかしたことないネルでしたが仕事が欲しいと意欲的。
当時のエレベータは手動式なのでエレベーター係が常駐しています。
ジョーンズ夫妻の部屋に行き軽く挨拶。
夫妻はそのまま1階のパーティー会場に向かいます。
ネルは子供のバニーを無理やり寝かしつけ
部屋でジョーンズ夫人の宝石やドレスを勝手に身に付けてご機嫌な様子。
てゆーか勝手に何やってんねん!!
向かいの部屋ではジェドが戻り窓越しでネルを目撃。 失恋を新しい女で埋めてやろうと電話でネルをナンパ。
しかし喪失を別の人間で埋めようとしていたのは ジェドだけではなかったのでした…
ネルの手首にはためらい傷が…
あきらかにメンヘラ女子を演じたマリリン・モンロー。彼女自身もその繊細な神経からメンタルに問題を抱えていたと言われています。この夢見心地の危ない役を見事こなしておりました。
逆恨みでシッターに縛り付けられるなんて子供に一生のトラウマを植え付けてしまいそう。
1961年に同タイトル「Don’t Bother to Knock(ノックは無用)」がイギリスで映画化されておりますが、こちらは全く別物で、同じ「Mischief(いたずら)」原作のリメイクは1991年の「ザ・シッター」になります。
スタッフ・キャスト
監督のロイ・ウォード・ベイカーはイギリスの映画監督。ハリウッドで「ノックは無用」(1952年)を監督後イギリスに戻り「脱走四万キロ」(1957年)やタイタニック号の沈没を題材にした映画「SOSタイタニック」(1958年)を監督。その後はベティ・デイヴィスが片目の毒ママを演じた「残酷な記念日」(1968年)やハマー・フィルム・プロダクションによるお色気ヴァンパイア映画「ヴァンパイア・ラヴァーズ」(1970年)を、アミカスプロではピーター・カッシング主演の「スクリーミング/夜歩く手首」(1973年)を監督されています。
原作のシャーロット・アームストロングはこの映画の他に、マイケル・カーティス監督によって映画化された「トゥルー・クライム殺人事件」(1947年)などミステリーやサスペンス映画の原作者として知られています。
ジェドを演じたのは元祖性格派俳優のリチャード・ウィドマーク。1947年にヘンリー・ハサウェイ監督のフィルム・ノワール「死の接吻」の悪役で強烈デビュー。その後もジョセフ・L・マンキーウィッツ監督の「復讐鬼」の悪役など、その個性の強い風貌からギャングや敵役が定着しつつありましたが、確かな演技力で悪玉、善玉が両方できる生格派俳優としての地位を確立。この映画でもエリートパイロットを演じています。
不安定なネルを演じたのが伝説の女優マリリン・モンローー様。1950年にジョセフ・L・マンキーウィッツ監督の名作映画「イヴの総て」で新人女優役、ジョン・ヒューストン監督のフィルム・ノワール「アスファルト・ジャングル」では愛人役と端役ながらも存在感を発揮。翌年も多くの映画に出演し人気を博していましたがセクシー担当や、かわいい女の子役と紋切り型な役割が多かったようです。ですが、1952年にフリッツ・ラング監督の「クラッシュ・バイ・ナイト(熱い夜の疼き)」でなかなか重要な役を得て、同年の「ノックは無用」では準主役級の役を演じ、危ない女を見事演じきりました。翌年の1953年に出演したヘンリー・ハサウェイ監督の「ナイアガラ」は出世作となりました。
この映画が映画デビュー作となったアン・バンクロフト。美貌だけでなく骨太な演技力と確かな実力で、1962年に映画「奇跡の人」のサリヴァン先生役でアカデミー賞主演女優賞を獲得。また1967年に出演した「卒業」でのミセス・ロビンソン役で非常に有名です。イーサン・ホークが主演した「大いなる遺産」(1998年)のディスモア夫人役から考えるとこの当時は本当に美人でしたね〜。
まとめ
メンヘラシッターで地獄行
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