不細工でも誰かの役に立っていたらいいなー
と思う今日この頃です。
[原題]La Strada
[製作年]1954[製作国]イタリア
[日本公開]1957
[監督・脚本]フェデリコ・フェリー二
[製作]カルロ・ポンティ/ディノ・デ・ラウレンティス
[脚本]エンニオ・フライアーノ/トゥリオ・ピネッリ
[音楽]ニーノ・ロータ
[上映時間]111
主な登場人物
ジェルソミーナ(ジュリエッタ・マシーナ):
知的障害がある女性。四人姉妹の長女。亡くなった妹ローザの代わりに旅芸人のザンバノと一緒に旅に出る。
ザンバノ(アンソニー・クイン):
旅芸人。鎖を引きちぎる「鋼鉄の肺の男」が売り。粗暴で女好き。綱渡芸人のイル・マットを執拗に嫌っている。
その他の登場人物
イル・マット(リチャード・ベースハート):綱渡芸人。ジェルソミーナを何かと気にかけてくれる。
イル・シニョール・ジラファ(アルド・シルヴァーニ):サーカスのオーナー
あらすじ
旅芸人のザンバノは、手伝いの女が亡くなった為代わりに姉のジェルソミーナを、母親に僅かな金を払って連れて行くことにした。知的に遅れがあるが子供のように純粋な娘ジェルソミーナは家族の為に、見るからに無骨で粗野な男ザンバノについて行くことにした。幌を引いたオート三輪で旅をしながら、ザンバノは鎖を引きちぎる怪力芸を披露していた。ザンバノはジェルソミーナに太鼓を仕込むが暴力も厭わなかった。その上夜はザンバノの相手をさせられ、ジェルソミーナは涙した。ジェルソミーナは大道芸人としてザンバノと一緒に、ピエロのメイクをして参加するようになった。食堂でジェルソミーナはザンバノと打ち解けようと試みるが、ザンバノは店で声をかけた女とジェルソミーナを置いてどこかへ行ってしまう。一晩中路地に座り込んでいたジェルソミーナに、町の人がザンバノらしき男が原っぱで寝ていると教えてくれる。急いでザンバノに駆け寄るが眠ったままで起きる気配がない。ジェルソミーナは、そこら辺を歩き回りザンバノが目を覚ますとトマトの種を見つけて植えたという。しかしザンバノは馬鹿らしいとすぐに出発してしまう。ジェルソミーナはザンバノに、妹のローザと一緒にいた頃もよその女と寝たりしたのか尋ねて来るが、馬鹿なこと聞くなと相手にしない。ある村でジェルソミーナが芸を披露しているとすぐ側で結婚式が行われていた。食事をどうかと呼ばれたザンバノとジェルソミーナ。ジェルソミーナは子供達に促され、家の中で部屋に閉じこもっている男の子前に連れて行かれる。彼を笑わせてくれというがすぐに家の人に追い出されてしまう。ザンバノは台所で食事をしていると、側で未亡人が立ったまま食事を摂り始めた。未亡人は二度夫に死なれているとザンバノに話し、前の夫の服があるとまたもやジェルソミーナを残して二人で部屋に入って行った。夫の服を着込んだザンバノにジェルソミーナはなぜローザに教えていたラッパを教えてくれないのかと問い詰めるが、ザンバノは答えない。愛想をつかしたジェルソミーナは、故郷に帰ると出ていってしまう。一人道を歩き出したジェルソミーナはお祭りに行き当たり、夜まで楽しむ。多くの人々が集まる中、高い建物と建物の間に綱を渡し大掛かりな綱渡興行が始まった。綱渡のスター芸人イル・マットのショーは好評を博し、ジェルソミーナも惜しげもない拍手を送る。車で去って行くイル・マットは、見送るジェルソミーナに優しげに目配せした。興奮冷めやらぬ中、ザンバノが迎えに来て無理やりジェルソミーナを連れて行ってしまう。
どんな映画?
イタリアを代表する映画監督の一人であるフェデリコ・フェリー二 監督の、代表作の一つ。日本でも非常に人気があり、ニーノ・ロータの主題曲を元にした「ジェルソミーナ」は多くのアーティストにカバーされています。また、この映画はアカデミー賞外国映画賞を受賞しております。
少し知能に遅れがあるけど
純粋系女子のジェルソミーナ
そんな彼女を迎えに来たのは
王子様… ではなく おっさん!
旅芸人のザンバノは
ジェルソミーナの死んだ姉妹の
代わりに母親にお金を
渡して彼女を連れて行きます。
家にいても何の役にも立たないしと
ザンバノと一緒に
オート三輪で出発する
ジェルソミーナ
ザンバノは見た目通りの男で
ジェルソミーナを乱暴に扱います。
ザンバノから芸を教わり
一緒に大道芸を披露するようになった
ジェルソミーナ
結構いいかも…
ザンバノと食堂に入り
ちょっといいかもと思った瞬間
店にいた女と
どっかに消えるザンバノ
ポツーン
路上に放置されたジェルソミーナ
そんなこんなで旅は続きますが
女ぐせの悪いザンバノに
とうとう我慢できなくなったジェルソミーナは
故郷に帰ると言ってザンバノの元を離れ
一人歩き出すのですが…
ジェルソミーナに太鼓を教えるザンバノ
企画当初は、主演女優をプロデューサーであるディノ・デ・ラウレンティスの妻シルヴァーナ・マンガーノの起用を想定していたそうですが、シルヴィーナ・マンガーノと言えば1949年のジョゼッペ・デ・サンティス監督のイタリア映画「にがい米」に出演し、ムチムチな肉体と若々しいお色気で有名になったお方。ジェルソミーナのキャラクターイメージに全く合っていない…これはちょっと年代が違いますが、同じくプロデューサーのカルロ・ポンティの妻になるソフィア・ローレンみたいなイタリア系ゴージャス女優でもそう。やはりフェリー二 監督が、ジュリエッタ・マシーナをイメージして作ったキャラクターであるため彼女以外の女優が演じる事は考えられないんですね。ジュリエッタ・マシーナの、ちんちくりんで(失礼ですが)声も良くないのに、愛嬌のある少女のような笑顔と年齢不詳な容貌は、この映画を成功させた要素の一つだと思います。
一方ザンバノ役をバート・ランカスターを想定していたとのことで、こちらは実際にサーカスの曲芸師だった経験があるバート・ランカスターなら合っているかもしれませんが、どちらかと言うとイル・マットの方がハマっているかも。ただバート・ランカスターはこの頃「地上より永遠に」(1953年)での出演で大スターになっていたので、このキャスティングはまず無理だったでしょーねー。
また、素晴らしい楽曲は、フェリー二 監督作品でほぼ音楽を担当しているニーノ・ロータ。
当時のイタリア映画と言えば、ヴィットリオ・デ・シーカ監督の「自転車泥棒」(1948年)や、ピエトロ・ジェルミ監督の「鉄道員」(1956年)などで描かれているような、戦後にあった絶望的な貧困と先の見えない閉塞感で、人々の表情も暗い。「道」でも、ローマではビルなどがチラホラ見られますが、他はまだまだ野っ原で何にもねーと言った風景が続きます。おまけに、平然と行われる口減しの為の人身売買。それは当時の日本も同様で、この映画が日本人の琴線に触れたのは、そういった時代背景が似ていたからかもしれません。この後、同時期に訪れるイタリアの「奇跡の経済」と、日本の「高度経済成長」にも共通点がありますネ。
粗野で女グセの悪いザンバノと、知能は低いけれど純粋なジェルソミーナ。半強制的にザンバノについて行くことになったジェルソミーナですが、運命を受け入れてザンバノに寄り添おうとしますが、ザンバノは彼女を顧みることなく女性と関係を持ち、暴力を振るい、物を盗もうとする最低野郎。それでもジェルソミーナはザンバノは自分の事が好きだろうか?彼の役に立っているかわからないと嘆くジェルソミーナにイル・マットが、ザンバノは犬みたいなもので好きな人間にも噛み付いてしまうと、また、
「この世の中にあるものは何かの役にたつ、この小石が何の役に立つかわからないがあざみ顔のブスでもきっと何かの役に立つ」
と彼女を励まします。
ザンバノと離れるチャンスはいくつかあったのに、それでもザンバノに着いて行ったジェルソミーナですが、悲劇的な運命が待っています。
ザンバノが置き去りにしたのは、良心や愛情だったのかもしれません。
失ってからでしか大切な物に気づけない
死ぬまでには観たい必見の名作映画です。
スタッフ・キャスト
監督はイタリアの巨匠フェデリコ・フェリー二 。1943年に伴侶で、かつ映画制作のインスピレーションの源である女優のジュリエッタ・マシーナと結婚。1945年にロベルト・ロッセリーニ監督の「無防備都市」で脚本を担当。翌年同監督の「戦火のかなた」(1946年)でも脚本に参加。1950年にアルベルト・ラットゥアーダ監督と共同で「寄席の脚光」で映画監督デビューしています。1952年に喜劇映画「白い酋長」で単独監督デビュー。翌年青春ドラマ映画「青春群像」(1953年)を監督、また1954年に監督・脚本した「道」で、ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞、アカデミー賞外国語映画賞など世界的に絶賛されました。その後も詐欺師のたどる悲劇的な運命を映画いた「崖」(1955年)、自身の妻ジュリエッタ・マシーナが騙されまくる娼婦を演じた「カビリアの夜」(1957年)を監督。1960年にイタリアの名優マルチェロ・マストロヤンニが主演したイタリア人らしい美女映画「甘い生活」。1963年に代表作の一つである「8 2/1」を監督。この映画は、イタリア・フランス合作で、難解なストーリー展開でありながら後の映画作品に多大な影響を及ぼしています。1965年に久しぶりにジュリエッタ・マシーナを主演にした「魂のジュリエッタ」。ロジェ・ヴァディムやルイ・マルが参加したオムニパスホラー映画「世にも怪奇な物語」(1967年)では、3話目の「悪魔の首飾り」を監督。古代ローマを舞台にした少年愛映画「サテリコン」(1969年)、「フェリーニの道化師」(1970年)、風刺的なドラマ映画「フェリーニのローマ」(1972年)、ノスタルジック映画の「フェリーニのアマルコンド」(1973年)などを監督。ドナルド・サザーランドを主演にした「カサノバ」(1976年)や、再びマルチェロ・マストロヤンニを主演にした地獄のエロファンタジー「女の都」(1980年)を監督。1985年にはしばらく女優業から離れていたジュリエッタ・マシーナとマルチェロ・マストロヤンニを主人公にしたドラマ映画「ジンジャーとフレッド」を監督しています。奥さんのジュリエッタ・マシーナは小柄で愛嬌のある可愛い感じですが、決して美人とは言えず巨乳でもないですが、監督のノスタルジックな作品では、やたら巨乳のおばさんが出てくる印象的です。また、どこかしらにサーカスが登場するというのも特徴的です。1993年に73歳でお亡くなりになられた際は、国葬が執り行われた程イタリアを代表する映画監督です。
人気綱渡芸人のイル・マットを演じたのはアメリカ合衆国の俳優リチャード・ベースハート。ルイス・ヘイワード主演のフィルムノワール 「恐怖の一年」(1947年)、同年にバーバラ・スタンウィックとエロール・フリン主演のホラー映画「恐怖の叫び」(1947年)に出演し、フィルムノワール 作品である「夜歩く男」(1948年)で主演。1949年にオードリー・トッター共演のフィルムノワール 「テンション」に主演、同年アンソニー・マン監督のノワール映画「秘密指令」(1949年)に出演、ロバート・ワイズ監督のフィルムノワール 「テレグラフ・ヒルの家」(1951年)に主演、同年ヘンリー・ハサウェイ監督のフィルムノワール「14時間の恐怖」(1951年)に出演し活動初期は多くのフィルム・ノワール作品に出演しています。その後は脇役に転じるもジーン・ネグレスコ監督のドラマ映画「タイタニックの最期」(1953年)、ルイス・ギルバート監督のサスペンス映画「前任は若死する」(1954年)などに出演。イタリアではフェリーニ監督の「道」(1954年)や「崖」(1955年)の出演。またヴィクトル・ヴィカス監督の「女」(1959年)では再びジュリエッタ・マシーナと共演しています。マーティン・リット監督の戦争映画「五人の札つき娘」(1960年)に出演し、同年「黒い肖像」(1960年)ではアンソニー・クインに殺される役で出演しています。その後もB級からホラー、西部劇に出演し1977年のドン・テイラー監督のホラー映画「ドクター・モローの島」では、獣人を演じています。また、テレビドラマでは「ナイトライダー」(1982年)に出演しています。私生活では「テレグラフ・ヒルの家」(1951年)で共演したヴァレンティナ・コルテーゼと結婚していたことがあります。
まとめ
行き詰まりの道で地獄行き
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