体重増減「レイジング・ブル」

ドラマ

スポーツ選手は、引退してからの
人生の方が長いという現実。

[原題]Raging Bull
[製作年]1980[製作国]アメリカ
[日本公開]1981
[監督]マーティン・スコセッシュ
[脚本]ポール・シュナイダー/マーディック・マーティン
[原作]ジェイク・ラモッタ
[製作]ロバート・チャートフ/アーウィン・ウィンクラー
[撮影]マイケル・チャップマン
[編集]セルマ・スクーンメイカー
[音楽]レス・ラザロビッツ
[上映時間]128

主な登場人物

ジェイク・ラモッタ(ロバート・デ・ニーロ):
レイジング・ブル(怒れる雄牛)の異名を持つプロボクサー。マネージャーである弟と二人三脚でチャンピオンに登り詰めるが…

ッキー・セイラー(キャシー・モリアーティ):
ジェイクの2番目の妻。ジェイクが一目惚れし結婚するが次第に喧嘩が絶えなくなる。

その他の登場人物

ジョーイ・ラモッタ(ジョー・ペシ):ジェイクの弟兼マネージャー
レノーラ・ラモッタ(テレサ・サルダナ):ジョーイの妻
サルヴァトーレ・パッツ(フランク・ヴィンセント):サルヴィー、トミーの手下
トミー・コモ(ニコラス・コラサント):マフィアのボス

あらすじ

1964年のナイトクラブ。今やコメディアンになっていたジェイク・ラモッタは楽屋でかつて自分が、ボクシングのミドル級のチャンピオンダット頃の話を始める。 ブロンクスに住むイタリア系アメリカ人のジェイクは、”怒れる雄牛(レイジング・ブル)”の異名を持つボクサーだ。1941年リング上ではジェイクと黒人ボクサー、シュガー・レイ・ロビンソンと戦っていた。ジェイク優勢にもかかわらず、判定はシュガーの勝ちだった。八百長だと荒れた観衆と乱闘になった。ジェイクは妻に八当たりし、食事の度に喧嘩になった。弟のジョーイは、サルヴィーからジェイクをチャンピオンにするには地元のマフィアのボスであるトミーの力が必要だと勧められる。ある日プールで15歳のブロンド美少女ビッキーに一目惚れし、付き合い始める。1943年のデトロイト。次のシュガー戦においても、何度ダウンをとっても判定で覆された。しかしその後ジェイクは次々と対戦相手を倒し、ビッキーと二度目の結婚。弟のジョーイも結婚し子供も生まれ順調だったが、減量に苦しむようになっていた。一方で妻の浮気の心配など疑心暗鬼にかられるようになっていた。次の対戦でも相手をぶちのめし勝利することができたが、トミーの息がかかり始めた。次の黒人ボクサー、ビリー・フォックスとのタイトルマッチでトミーは八百長を要求してきた。言われたとおり無気力試合で負けるが八百長を疑われしばらく出場停止になる。しかし、次のタイトルマッチでジェイクはミドル級チャンピオンになることができた。チャンピオンになり頂点に立つことができたジェイクだったが、ビッキーの行動がひとつひとつ気になるようになり、仕舞にはジョーイとの仲も疑い、二人を殴りつけてしまう。ビッキーとは何とか収めることができたが、ジョーイとは深い溝を作ってしまった。

どんな映画?

実在のボクサー、ジェイク・ラモッタの自伝を元にマーティン・スコセッシ監督、ロバート・デ・ニーロ主演で映画化。ロバート・デ・ニーロは、この演技で第53回アカデミー賞主演男優賞を獲得しています。

1967年のナイトクラブの控え室
かつて「怒れる雄牛(レイジング・ブル)」と呼ばれ
人気を博していたプロボクサー
ジェイク・ラモッタ
今やかつての精鋭さもなくデブでぶの体型の
コメディアンに

何でかっつーと
1941年のニューヨーク州ブロンクス
ボクサーのジェイクはシュガー戦で
優勢だったにも関わらず負けてしまいます。
マネージャーも務める弟のジョーイは
ボクシング興行を牛耳るマフィアのボス
トニーの言う通りにしない限り
チャンピオンはないと言われてしまいます。

そんなの関係ーねー
と周りに八つ当たりしながら突っ走るジェイク
そんな時妻がいながら
ブロンクスのプールで泳ぐ金髪女子に一目惚れ
でもまだ15歳
でも突っ走って翌年結婚
戦績も好調ですがとうとう
トミーからある提案をされるのですが…

実力も人気もあったジェイク・ラモッタ
何故転落したのか?

ブロンクス出身でボクシングの元ミドル級チャンピオンのジェイク・レモッタのエキセントリックな半生もとに映画化。打たれまくるシーンは暴力的だと指摘されていますが、ボクシング映画で暴力的じゃなかった面白くないでショ。モノクロで撮影された為、血糊はチョコソースを使用しその辺はあまり暴力的になりすぎないように考慮はされております。また、楽しい思い出シーンはカラーとなっています。

この映画で主演のジェイク・ラモッタを演じたロバート・デニーロが、現役から引退までの体型を27Kgの体重増減をし、デ・ニーロアプローチと言われた役作りが有名になりました。最近ではドクターストップがかかったクリスチャン・ベールの体重増減が有名ですが、役者はまさに命懸けです。

プールサイドの妻ビッキーの格好は、1946年の映画「郵便配達は二度ベルを鳴らす」のラナ・ターナーの白い服を着用しています。 また、ラストでジェイクが自己投影しながら語るのは、1954年のエリア・カザン監督、マーロン・ブランド主演の「波止場」です。この映画でもボクシングの八百長をきっかけに転落していく主人公を演じています。

この映画には監督のお父さんであるチャールズ・スコセッシが出演されています。

スタッフ・キャスト

監督はアメリカ合衆国の映画監督、脚本家、プロデューサーのマーティン・スコセッシ。1967年に「ドアをノックするのは誰?」で、長編映画監督デビュー。この映画は、ハーヴェイ・カイテルを主演に、かつてカトリックの司祭を目指していた自身を投影した作品となっており高い反響を得ました。1972年にロジャー・コーマン製作の「明日に処刑を…」を監督。その後、ハーヴェイ・カイテルとロバート・デ・ニーロが出演した「ミーン・ストリート」(1973年)で高い評価と知名度を上げ、デ・ニーロを主演に起用し、ポール・シュレイダーの脚本を映画化した1976年の「タクシードライバー」が、カンヌ国際映画祭のパルム・ドールを受賞し国際的に知られることとなります。その後、再びデ・ニーロを主演のジェイク・ラモッタの自伝的ボクシング映画「レイジング・ブル」(1980年)で、アカデミー賞監督賞にノミネートされます。続けてデ・ニーロ主演に今ではスコセッシ監督の代表作の一つとされている「キング・オブ・コメディ」(1982年)、かつてポール・ニューマンが主演した「ハスラー」(1961年)の25年振りの続編を、トム・クルーズをプラスして映画化した「ハスラー2」(1986年)を監督。この映画でポール・ニューマンにアカデミー賞主演男優賞をもたらしています。1988年に監督したイエス・キリストをモチーフにした映画「最後の誘惑」では、上映反対運動も起こった程の物議を醸しました。レイ・リオッタとデ・ニーロを起用しニューヨーク・マフィアを描いた「グッドフェローズ」(1990年)、1962年の「恐怖の岬」をリメイクした「ケープ・フィアー」(1991年)、ダニエル・デイ=ルイス、ミシェル・ファイファーを起用した恋愛映画「エイジ・オブ・イノセンス/汚れなき情事」(1993年)、デ・ニーロを主演にラスベガスの基礎を作った人物をモデルにした「カジノ」(1995年)、レオナルド・ディカプリオを主演に起用した「ギャング・オブ・ニューヨーク」(2002年)は高く評価されたもののアカデミー賞での受賞は0、蜜月が続くディカプリオにアカデミー賞をとディカプリオが伝説の富豪ハワード・ヒューズを演じた「アビエイター」(2004年)でも受賞ならず。続く、アンディ・ラウが主演した香港映画「インファナル・アフェア」をハリウッド版リメイクしたの「ディパーテッド」(2006年)では自身アカデミー賞作品賞・監督賞を獲得、1950年代の犯罪映画「シャッターアイランド」(2010年)、ウォール街の悲喜交々を映画いた「ウルフ・オブ・ウォールストリート」(2013年)、犯罪映画「キラーズ・オブ・ザ・フラワー・ムーン」(2023年)でいずれもディカプリオを主演に起用しています。現在御年80歳ですが、まだまだ現役で活躍されていいらっしゃいます。

ジェイクの2番目の若妻ビッキーを演じたのはアメリカの女優キャシー・モリアーティ。自身もニューヨークのブロンクス出身で、ほぼ無名の頃に「レイジング・ブル」のヒロインに起用され、アカデミー賞助演女優賞にノミネートされました。その後は、ジョー・ダンテ監督の青春映画「マチネー/土曜の午後はキッスで始まる」(1993年)や、シドニー・ルメット監督の「グロリア」(1999年)などに出演されています。

ジェイクの弟ジョーイを演じたのはデ・ニーロと同じくイタリア系アメリカ人のジョー・ペシ。同じく無名で起用された「レイジング・ブル」で本格的に知られるようになり、その後はニコラス・ローグ監督の犯罪映画「錆びた黄金」(1981年)、セルジオ・レオーネ監督の大作ギャング映画「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」(1984年)などに出演。1990年にマーティン・スコセッシ監督の「グッドフェローズ」では、アカデミー賞助演男優賞を獲得しました。同年の伝説的大ヒットホームコメディ「ホーム・アローン」の泥棒役を演じています。近年では、2019年にマーティン・スコセッシ監督の「アイリッシュマン」でも、アカデミー賞助演男優賞にノミネートされました。

まとめ

無気力試合で地獄行き

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